リメンバー・ミー

 黒電話をご存じですか?その名前通り真っ黒な色をした電話機です。今の電話のようにボタンを押すプッシュ式ではなく、1から0までの数字が書かれたダイアルを指で回し電話をかけます。昔の電話はこのダイアル式が標準で、電話はピッポパとかけないでジーコジーコとかけたのです。その黒電話に電話がかかってきたのです。黒電話はチリチリチンととても落ち着いた音を鳴らします。誰からだろうと思って受話器を取ると、とても懐かしい声が聞こえてきました。Aさんからだったのです。どうやら宴会中の会場から電話をしてくれたようで、わいわいガヤガヤととてもにぎやかな様子が受話器を通して聞こえてきます。
 Aさんは以前働いていた職場の先輩で、業務に精通しているベテランです。仕事に関してAさんに色々教えていただきました。身体が生まれつき不自由だったのですが、とても器用な方で、材料と道具さえあれば、本職の大工さんがびっくりするようなりっぱな倉庫を組み立ててしまうような方でした。そして、なによりもお酒がとても好きな方でした。ある年の忘年会のこと、二次会、三次会と飲み歩いていて、ふと気がつくとAさんと二人っきりで飲んでいる状態になっていました。他の人はいつのまにか帰ったようです。「そろそろ帰りますか」というと、「なにゆうてんの。まだまだこれからや」と帰ろうとはしません。終電がせまっているからと説得して帰ることになりましたが、酔いがまわってふらふらの様子。「歩ける?」と聞くと、「だいじょうぶ。心配はいらん。一人で帰れるで」というのですが、結局、肩を担いで駅まで歩いたのです。
 長い間会ってない。懐かしいなと思いながら、「Aさん、元気?どうしてる?」と尋ねたのです。するとAさんはなにか一生懸命しゃべってくれるのですが、周りがうるさくてどうも聞き取れません。本人もかなり酔ってるようで、ちょっとろれつがまわらない様子です。「Aさん、相変わらずやね。楽しそうでうらやましいわ。でも何言っているかわからないからもう切るよ。またね」と言って私は受話器を置いたのです。そしてはっと目がさめました。まだ夜中です。夢を見ていたのです。布団の中でAさんから電話があった!でもいったい何事だったんだろうと、寝ぼけた頭で考えていたのすが、その時、Aさんはもう何年も前にお亡くなりになっていたことを思い出したのです。どうやらあの世から電話をかけてくれたようです。おまえも早くこちらへ来いとのお誘いかと少し怖くなりましたが、「あの世からやで。しかも黒電話や。びっくりしたやろう」と得意げになっているAさんの顔が思い浮かび、Aさんらしいと思わず笑ってしまいました。

 真言宗では、人が死を迎え肉体が朽ち果てようとも、霊魂は残り、仏の世界に旅立つと説きます。葬儀における作法(引導作法)は、来世の存在が前提となっており、僧侶はその作法に則り葬儀を進めていきます。当然、来世の存在を否定していては作法を進めることはできなくなります。一昔前までは、葬儀は故人をお見送りする一大イベントでした。親族だけでなく町内総出で葬儀を行うのが当たり前。隣、近所に住む人は3日間ぐらい葬儀のため仕事を休むことさえありました。来世は存在し、その世界に盛大に送ってやりたいとの共通の思いがあったからこそ、見送る人たちは多くの労力を費やすことを厭わなかったのではないかと思います。
 しかし、葬儀の形もここ20年で大きく変わってきました。今では、家族だけが集まり葬儀を行う家族葬とよばれる小規模な葬儀が一般的になってきました。さらに、儀式を一切せずに火葬場で火葬する直葬(ちょくそう)やお墓を作らない樹木葬、埋葬せず海などに遺骨を撒く散骨も珍しくなくなってきています。死後の世界を信じる人の割合は、日本では30%ぐらいなんだそうです。ちなみにエジプトでは100%!さすがミイラの国です。あの世はあるのか、ないのかは、人により意見の分かれるところですが、最近の葬儀の変化の様子を見ていると、死後の世界などなく、亡くなれば無になるとの考えを持つ方が増えてきているのではないかという気がします。

 「リメンバー・ミー」とういうアニメをご覧になられたことはあるでしょうか。このアニメは、あの世があることが前提になっています。メキシコの小さな町の物語で、人々は、人は亡くなると現世と同じような世界、「死者の国」に行き、生前と同じように生活していくと信じています。その「死者の国」ではとても大事な「定め」があります。それは、現世の人が亡き人のことを忘れてしまうと、忘れられた人は二度目の死を迎え、消え去ってしまう、つまり無になってしまうというものです。ですから死者の国の人々は、自分ことが忘れられてしまうことをなによりも恐れるのです。町の人たちも、亡き人が消えてしまわないよう、亡くなった人の写真を飾り、日々、亡き人のことを思い出すようにしています。また、死者の国に住む人々は、日本のお盆と同じように、一年に一度だけ現世にもどってくることが許されています。でも、家族が写真を飾り、自分のこと思い出し、大事にしてくれている家にはもどることができるのですが、写真も飾らず粗末にしているような家にはもどれないのです。リメンバー・ミーは2017年にアメリカのディズニー社が制作したアニメです。アメリカで制作されたアニメとは思えない東洋的なストーリーに大変驚かされました。
 「リメンバー・ミー」では、写真が故人とのつながりを保つものとして大事に扱われていますが、日本人が故人とのつながりを保つものとして大事にしてきたのは位牌です。写真のように姿がうつっているわけではなく、ただ文字が刻まれているだけなのですが、位牌の前で前に手をあわせれば、その方のことを思い浮かべることができます。年忌になれば位牌を前にして僧侶がお経を唱え故人の菩提を弔います。年忌で僧侶にお経を上げていただくことはとても大事なことですが、年忌に参列された方々が故人のことを思い出してあげることがなによりも大事なことだと思います。故人のことを皆で思い出し、語る場が年忌といってもよいのかもしれません。あの人はこんな人だった。こんなことがあった。きっと様々な思いでがあることでしょう。もちろん、年月が経つと故人を知らない人の方が多くなってくるかもしれませんが、故人のことを知るお年寄りがいろいろお話をしてあげることを通して、若い方と思い出を共有することは可能でしょう。

 あの世はあるのかないのかはさておき、確実に言えることは、亡き人のことを思い浮かべる時、思い浮かべた人の心の中に確かにその方は存在するということです。「リメンバー・ミー(Remenber Me)」を日本語に訳すると、「私を忘れないで」となります。夢の中の黒電話は、俺のこと忘れるなよというAさんからのメッセージだったのでしょう。

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