重々帝網

 赤ちゃんたちがお部屋で遊んでいます。突然、ある赤ちゃんが横に座っている赤ちゃんのおもちゃをとってしまいました。当然、おもちゃをとられて赤ちゃんは大声で泣き始めます。乳幼児は自分と他者の区別がはっきりしない年代です。おもちゃでも自分のものと相手のものとの区別がつかないので、欲しいと思えば相手が嫌がろうともとろうとするのです。
 しかし、成長するにつれて、自分のものと相手のものを分けて考えることができるようになります。相手を尊重し、無理にとったりせず、順番がくるのを待つようになります。さらに、一つのおもちゃを共同で使い、仲良く遊べるようにもなってきます。
 また、成長するにつれ様々な違いにも気づくようになります。自分と他者、性別、容姿、色、形など様々な違いがあることに気づき、好奇心を持ち、どんどん知識を膨らましていきます。
 ところが、年を重ねるにつれやっかいなものが大きくなってきます。その一つが我欲と呼ばれるものです。相手を尊重する気持ちよりも、我欲がどんどん大きくなってくると、相手のものであったとしても、無理に奪い取ってでも手に入れようとするようになってきます。もう一つは異質への嫌悪感です。様々な違いに対しても、好奇心ではなくむしろ否定的な感情が大きくなり、敵愾心を持つようにもなります。
 人類の歴史は戦の歴史といわれています。書物などにより人類の歴史は、約四千年前までさかのぼることが可能なのですが、世界で戦争がなく平和だった期間は、四千年のうちわずか二百年なのだそうです。人類の歴史は争いの歴史でもあるのです。戦争の原因には様々理由があることでしょうが、貪り求める我欲と異質なものへの嫌悪感が争いの大きな原因となってきたことは間違いないことでしょう。    
 私たちは自分、そして自分の仲間、身内を大事にします。自分を大事にし、仲間を大事にすることは尊いことです。しかしそのあまり、他者から奪い、他者を押しのけ排除することを厭わなくなりがちです。なぜならそれが自分や自分の身内の利益につながると確信するからなのです。そして、更には、自分の利益の為に、相手を苦しめても当然だと思い込むのです。

 十輪寺の庫裡に十輪寺の住職であられた辯天宗第一世管長大森智祥猊下がお書きになった掛け軸が飾られています。読み方は次のようになります。
六大は無礙(むげ)にして常に瑜伽(ゆが)なり 
四種曼荼は各々離れず
三密加持すれば速疾に顕わる
重々帝網(じゅじゅうたいもう)なるを即身と名づく

 これは、弘法大師のお言葉で、短い文ですが真言密教の神髄を表す大事な教えでもあります。そして、そのお言葉の中にでてくる「重々帝網」こそ今、私たちが大切にしなければならない考え方だと感じます。

 

 お寺の本堂内で、飾り同士が糸のような細い線で結ばれ、ちょうど網のようになっている飾りをご覧になったことがあるでしょうか。これが帝網と呼ばれる荘厳具(装飾品)です。帝釈天がお住まいになっている御殿がこの飾りで覆われていると言われていることから、帝網と呼ばれるようになりました。
 お大師さまは、私たち人間は、この帝網のような存在なのだとお説きになります。つまり、人間は決してポツンと孤立して存在しているのではありません。帝網のようにお互いつながり存在している。これが私たちであり、私たちの世界なのです。しかもそれは人間だけではありません。動物、草木、石のように生き物でないものであっても、さらには、神仏を含め森羅万象ありとあらゆる存在はすべてつながっていると説かれているのです。 重々帝網とは、帝網が幾重にも、幾重にも無限に重なるようにして、すべての存在がつながっている様子を表しています。そのような世界で、もし、自分だけが大きくなりたいからといって、どんどん飾りを自分のところにたぐり寄せればどうなるでしょう。全体のバランスを崩し、帝網全体の損壊につながるかもしれません。他者とのつながりを嫌がり、つながりを切るとどうなるのでしょう。帝網がつながっている線を切れば、飾りは下に落ちてしまいます。自分だけが落ちるのではなく、多くの飾りを巻き込んで落ちてしまうかもしれません。
 この世が帝網のようなものであるならば、他から奪い、自分たちだけの繁栄を求め、他を否定し孤立することはすべきことではありません。帝網の世界では、自分を大事にし、他も大事にすることを通してすべてがうまくいくようになっているのです。
 ウクライナを始め世界各地で戦乱が続きます。戦争で苦しむのは攻め入られた国の人々だけではありません。攻めた国の人々も苦しめられるのです。そして、他の国の人々も例外ではありません。遠く離れた国に住む私たちもまた、大きな影響を受けざるをえないのです。なぜなら私たちもまた帝網の一部なのですから。 
 来年、令和五年は、生命の尊さ、大切さをお説きになったお大師さまご誕生千二百五十年の年になります。この記念すべき年に、すべての人々が重々帝網の世界に住んでいることを悟り、争いを収め、平和が訪れることを祈ります。

令和4年師走

十輪寺blog 掛け軸をご寄進いただきました。

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