二十歳過ぎればただの人

  密教では師資相承が大事とされています。師資相承とは、師から弟子に伝えることで、密教の教え、作法など大事な事は全て師から弟子に代々受け継がれてきたのです。師資相承において、師は弟子の能力を見極めて、伝えていくことが肝要だと言われています。まだ弟子がふさわしい段階に到達していないのに、むやみに師が持つ知識を伝授してはならないのです。つまり、師の見極めが大事になってくるのです。
 唐に渡られたお大師さまは、長安(現在の西安)にある青竜寺にて恵果和尚とお出会いになりました。恵果和尚はお大師さまとお出会いになるなり、この者こそ我が継承者であると大いに喜び、真言密教の全てを伝えたと言われています。すべてを継承されたお大師さまにより真言密教が日本各地に広がっていくのですが、これは、お大師さまの卓越したお力はもちろんのこと、お大師さまのお持ちになる能力を即座に見抜いた、恵果和尚の神秘的な慧眼があってこそでしょう。
 さて、持っている能力、才能を見抜く力はどの分野であろうとも大切なことですが、なかでも教育現場では日々その力が試されます。教師は、子どもたちの年代に応じて、ふさわしい知識を伝えていかねばなりません。そして、子どもたちの理解度を把握するために、定期的に試験を行うのです。良い点を取れば理解ができている。悪い点であれば理解ができていないと試験を通して判断をします。子どもの理解度を確認するには、試験はとても有用なものなのですが、しかし、試験で子どもたちの能力、才能の全てがわかるかというとそうとも限りません。
 学生時代、A君という友人がいました。彼の夢は、将来、アメリカに移住することでした。なのにA君の英語の成績はぱっとしません。アメリカで生活したいのなら、まず英語の試験で良い点を取らないとだめだろう、と先生を含めクラスの皆がが思っていました。それから長い月日が流れたある日、そんな彼より結婚したとの便りが届きました。なんと念願のアメリカに移住し、市民権を取り働いており、そこで知り合った女性と結婚したとのこと。奥様を紹介するからいっしょに食事をしようということになったのです。テーブルをはさんで二人はとても楽しそうにしゃべっているが、私には彼らの会話内容が全くわかりませんでした。二人の会話は、まるで鳥のさえずりを聞いているような感じがしたのです。A君が通訳をしてくれてなんとか奥様と意思の疎通がはかれました。奥様と楽しく英語で話す友人には、英語の試験の点数がとれず四苦八苦していた姿はどこにもありません。「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」というのはこのことかと思ったものです。
 保育園にはたまに卒園生が訪ねてくれます。「先生、覚えてる?」と問いかけてくるのですが、2、3年前に卒園した子ならともかく、5年、10年と期間があいてしまうと、なかなか思い出すのに時間がかかるものです。名前を思い出すのに難儀をしていると、「○○やで」、と教えてくれます。「○○君か。大きくなったなぁ」、と言うと笑顔が顔一杯に広がります。大きく、たくましくなった彼らの姿を見るのはとてもうれしいものです。小さくて、甘えたで泣き虫だった子が、見上げるほど大きくなり、筋肉も隆々としています。聞くとレスリングをしていたそうで、優秀な成績を残したことを誇らしそうに話してくれました。就職活動で悩みんでいたけれど、なんとか希望の会社への就職がきまった子、甲子園をめざして野球をしている子、航空整備士を目指している女の子も顔を輝かせて将来の夢を語ってくれたことがあります。彼らの姿を見ていると、人はそれぞれ様々な可能性を秘めてこの世に生をうけているということを実感します。それらは、試験の結果だけでは決してわからないものだと思うのです。たとえ、私はだめだ、できないと思っている子であったとしても、単に能力、才能が見いだされていないだけなのかもしれないとも感じます。
 今や幼少期から習い事を始める子が増えてきましたもちろん、塾、習い事に行かせるのは子どもの才能を高めるのに大事なことです。保育園でも、英語、絵画、音楽、体操、茶道、書道と様々な指導を取り入れています。しかし、一番大事なことは、しっかり子どもと関ることを通して、何をこの子は求めているのか、何が必要なのかを周囲の人たちが感じとることが大事だと思います。それは、師資相承において、師が弟子の力を見抜くのと同じなのです。もちろん我が子の能力、才能を恵果和尚ように一瞬で見抜くことができればよいのですが、なかなかそうはいきません。拙速に判断することなく、あせらず、ゆっくり、じっくりと時間をかけて子どもたちの才能、能力を見いだしていて行く必要があるのでしょう。

「十(とう)で神童、十五で才子(さいし)、末は学者か大臣か 二十歳過ぎればただの人」

 小さな時は我が子への期待がどんどん膨らみます。しかし、途中で現実に気づき、期待がどんどんしぼんでいきます。しかし、本当に我が子の才能、能力を理解しているのでしょうか。本当は、ただの人ではないのかもしれません。

2021年9月
 

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