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準優勝 ~自利利他の心~
今年の夏の甲子園では、智辯学園と智辯学園和歌山校が決勝にすすみました。一度は見て見たいものだと思っていた決勝戦での兄弟校対決が実現したのです。どちらもがんばって欲しいと思いましたが、やはり五條市民としては、智辯学園に勝ってもらいたい。勝てば夏の大会、初優勝なのですから。結果は、ご存じの通り、和歌山校が優勝し、智辯学園は惜しくも準優勝となりました。しかし、負けたとはいえ全国大会での準優勝、忘れることの出来ない快挙となりました。
準優勝の楯を受け取る姿をテレビで見ていて、私はふと50年近くも前のことを思い出していたのです。中学生の時、私はサッカー部に所属していました。3年間、一勝も出来ない弱小チームでした。高校に入ってからはクラブに所属することもなく、サッカーから遠ざかっていました。ある日のこと、サッカー部の監督から、県大会が始まろうとしているのに人数が足らないので困っている。中学時代にサッカーをしていた経験者に手伝って欲しいとの通達が担任を通してクラスにあったのです。乗り気はなかったのですが、中学時代のチームメートの友人が、「俺は行くぞ。お前もついてこい」と言いだし、強引に私を誘ったのです。結局6名が臨時助っ人として参加することになりました。監督に出会うと、「君たちには迷惑はかけない。すぐに負けるのでともかく一試合だけお願いする」とのことでした。私を含めて助っ人は皆、人数が足らない弱小チームで久しぶりにサッカーができるという軽いのりだったと思います。
その日より試合に向けての練習が始まりました。弱小チームだから練習もたいしたことはないだろうと思っていたのですが、中学のクラブと違い、高校のクラブの練習はやはりかなりハードでついていくのが精一杯。1週間もしないうちに助っ人6名の内、3名が脱落。もともとの部員は8名しかいません。サッカーでは1チーム、11名が必要なので、どうしても最低3名の助っ人が必要です。実は私も厳しい練習に耐えかねてやめるつもりだったのですが、そのような状況を見てはなかなかやめるとは言いづらかったのです。友人の「逃げるなよ」との言葉にも励まされて(脅されて?)、1試合だけなのだからとそのまま継続する覚悟を決めました。ところが、監督が負けると言っていた1回戦、予想外にも勝ってしまったのです。試合の後、監督は私たち助っ人を集め、このように言いました。「すまん、勝ってしもうた。すまんけどもう一試合だけたのむ。次は負けると思うから・・・」しかし、監督の予想は当たらず、次の試合も、その次の試合も、そのまた次の試合も勝っていくのです。連戦連勝、気がつくと県の決勝戦にまで駒を進めていました。
11人しかいないチームはけが人がいても選手の交替はできません。満身創痍、疲れの残るチームは、決勝戦で善戦したものの、おしくも僅差で敗れてしまいました。しかし、敗れたといっても奈良県2位。全国大会優勝の智辯学園野球部とは比べものにはなりませんが、文字だけは同じ準優勝です。しかも、県の1位と2位のチームが近畿地区大会に出場することになっていたので、中学時代、1勝もできないチームに所属していた私は、準優勝と地区大会出場と夢のような経験をさせていただくことになりました。
自利利他という教えがあります。自分の幸せを求めるのではなく、自分も他人も幸せにしていこうとする仏教のおしえです。自分一人だけが向こう岸(悟りの世界)に渡ろうとするのではなく、大きな船を作り、その船に大勢の人たちを乗せて渡ろうとする考え方です。船の中には、人々を導いていける優秀な方もいるでしょう。凡夫と呼ばれるごく普通の人もたくさんいます。また、本来向こう岸に渡ることのできない人たちもいるかもしれません。そんな人たちが互いに力を合わせ船は進んでいくのです。
どんなに才能がある人でも、他の人々の支援がなく成果を出すことができず、せっかくの才能が埋もれてしまうこともあります。才能を見いだし、育て、支える人の存在はもちろん、なんの関わりもないと思える人であったとしても、自分の才能を発揮させるには必要なこともあります。それはちょうど、人々を感動させるすばらしい花を咲かせる花の種があったとしても、種を蒔く人がおらず、土、水、肥料がなくては種のままで終わるのと同じです。
今年はオリンピックの年でもありました。コロナ禍ということもあり、開催そのものに批判的な意見もありましたが、困難を乗り越えて開催にこぎ着けたスタッフの努力、そして選手の超人的なパフォーマンスは、沈みがちな人々の心を勇気づけ、明るくしました。当たり前のことですが、いかに優れた能力のある選手であろうとも、オリンピックは選手だけでは開催できません。企画、運営に携わる人たち、多くのボランティアの働きがあって初めて選手の才能が発揮されるオリンピックが成り立つのです。多くの選手から運営スタッフ、ボランティアの方々へ感謝のメッセージが寄せられたことは選手たちがそのことを一番よく分かっていたからでしょう。かつてない困難な環境の下、オリンピックが成功裡に終えることができたのは、お互いに支え合う自利利他の結果であったといえるでしょう。
願以此功徳 [がんにしくどく]
普及於一切 [ふぎゅうおいっさい]
我等与衆生 [がとうよしゅじょう]
皆共成仏道 [かいぐじょうぶつどう]
これは廻向文とよばれる経文で、読経の終わりにお読みします。我らと衆生と皆ともに仏道を成ぜんことを、つまり、みんなでともに悟りを得ることができますようにと願う経文なのです。一人だけじゃない。皆ともに・・・・何事においてもこの心が大事なのです。
もともと準優勝や地区大会出場など縁遠い私が才能のあるチームメートのおかげで経験しがたいことを経験することができました。また、秀でた能力もない私であっても、いなければそもそもチーム編成ができなかったかもしれません。才能のあるもの、ないもの、力の強いもの、弱いもの・・・様々な差異を乗り越え、もし、皆ともに寄り添うことができるならば、持つもの、持たないものに関わりなく、お互いに本来持てる以上の計り知れないお力をいただくことができるのかもしれません。
さて、地区大会に出場した我がチームですが、残念ながら一回戦で敗退してしまいました。さすが地区の大会はレベルが高く、助っ人の混ざるようなチームでは太刀打ちできなかったのです。その夜、宿舎で私たち助っ人はずっと疑問に思ってきたことを監督に尋ねたのです。それは「なぜすぐに負ける」と言ったのかです。監督はすぐ負けると言っていたが、弱いチームじゃない。それどころかとても強いチームではないかと。すると監督はこのように答えたのです。今年は実力のある選手が集り、県内で優勝も狙えるチームになる予定だった。ところが事情で人数が集まらなかった。これだけ実力があるメンバーがそろっているのに、このまま試合をせずに棄権をするのはあまりにもかわいそうだ。そこで考えたのが助っ人を呼ぶこと。でも優勝を狙えるチームと言えば、恐れをなして来てくれない。勝ち上がって行くには厳しい練習も必要だから、途中で逃げ出されても困る。そこで、たいしたチームじゃない。すぐに負ける。次は負けると嘘を言ったとのこと。そして最後に、みんなをだましてすまなんだ、と手をついて謝ってくれたのです。その話を聞き、私たち3名は、よくぞだましてくれたと感謝をしたのは言うまでもありません。
令和3年9月