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まず他人に与えよ
密封された水槽の中に水と水草、そして小エビをいれ、日光を適度に当てておきます。このような閉鎖空間で生物が生き延びるのは難しいように思えますが、結構うまくいくのです。エビは、水草を食べ、炭酸ガスを出し、糞を排泄します。それらを養分として水草は吸収しつつ、水の汚れを浄化し、酸素を供給し成長します。このようにして、外部から遮断された閉鎖空間のなかで、水草、エビは生存し続けるのです。
閉鎖空間での生存を可能にする為には「持ちつ持たれつ」の関係をうまく機能させる必要があります。もし閉鎖された空間の中で、ある生物が己の利益のみを追求すると共生関係はたちまち崩れ始めます。例えば、エビが水草を食べ尽くせば、餌はもちろん、空気も供給されなくなり、環境はたちまち悪化し、エビは生き延びることができなくなります。相手から奪うのではなく、相手に自分の持てるものを与える。これが閉鎖空間での生き残りの秘訣となるのです。
考えてみると私達の地球も「宇宙に浮かぶ密封された水槽」だといえるのかもしれません。そして、人間社会にも閉鎖空間の法則が適用されるのです。つまり、本来、相手から奪うのではなく、むしろ相手に与えることにより、人類の繁栄が約束されているのです。しかし、人間はなかなかこの理を悟ろうとはせず、己の利益のみを追求し、その結果、相手も苦しみ、自身も己の行為を償わねばならないのです。環境問題、戦争、テロ、殺伐とした世相、これらは、全て「独占し奪う取ろう」とする人間の欲望がもたらしているのかもしれません。
辯天宗の宗祖、智辯尊女は、終戦直後の混乱した最中、一人の韓国人青年を助けられました。この青年は、戦時中に行方不明になった姉を捜しに日本に来たのですが、見いだすことができないまま、体調を崩し、行き倒れのようになっていたのです。その方を智辯尊女は、まるで実の母親のように介護をされたのでした。その後、十輪寺の本堂改修工事の時、資金不足から工事が止まるという危機をむかえたのですが、智辯尊女は、韓国の方々から支援を受け、無事に工事を終了することができたのです。この出来事を次のように智辯尊女は語っておられます。
この二つの出来事は、決して偶然ではないと、私は確信するのです。私が、あの韓国の青年をお助けさせていただいたとき、決して恩を返してもらおうなどという気持ちはありませんでした。ただ、かわいそうという一念で、一心に手を尽くしたのでございます。ところが数年おいて、私は、人こそ違え、同じ韓国の方からお助けをいただき、ちょうど、恩を返されたような形になったのでございます。みなさん、功徳を積むというのは、このようなことになるのではないでしょうか。「宗祖お言葉集成より」
行ったことは行ったことに応じていずれ、自分自身がその結果を受け取って行かねばなりません。そのような世界に私達は身を置いていることを忘れてはならないのです。つまり、繁栄を望むならば、相手にどのような喜びを与えていけるかを考えていかねばなりません。一人だけの繁栄、喜びはありえないし、求めてはならないのです。なぜならばいずれその行為は、全体の破滅を生み出すからなのです。「まず他人に与えよ」これは、人類がこの世界で生き延びていくためのキーワードになるのです。
平成13年12月妙音寄稿文より一部加筆修正