親ばか


 昔、ある村の娘がお嫁入りすることになりました。嫁ぎ先は隣村の裕福な長者の家で、誰もがうらやむ縁談でした。長者の家は商売をしており、朝早くから皆が働き始める家だったのです。ところが娘は、身体が弱かったのか、それとも体質のせいなのか、朝早く起きることが苦手だったのです。ある日、とうとう寝過ごしてしまい、みんながバタバタ働いているところに気まずい気持ちで顔を出しました。すると、姑から、「今頃起きてくるようではこの家で務まらない」とダメだしをされてしまい、とうとう実家にもどるされることになりました。
 そんな娘に母は、「私もいっしょに謝るからもどりなさい」と言い、嫁ぎ先に行き、もう一度娘にチャンスを与えて欲しいと姑に懇願したのです。その母の願いは聞き入れられ、嫁ぎ先にもどることになったのですが、朝が苦手なのは変わりません。娘はどうすればよいのか悩みました。そして、寝るから起きられない。寝なければよいと考え、夜を通して起きていること、つまり徹夜をすることにしたのです。一日、二日目は寝ずに過ごしました。しかし三日目になるともうふらふらになり、起きていることはできません。寝てはダメだと思いながらも、とうとう寝入ってしまったのです。
 明け方、娘は夢の中で清らかなりん(仏具の小さな鐘のこと)の音を聞くのです。りーん、りーんというとても清らかな音です。その音を聞いてはっと目が覚めました。ちょうど皆が起きる頃です。慌ただしく支度をし一日が始まりました。
 次の日もその次の日も、明け方になるとりんの音が聞こえてくるのです。不思議なことにその音を聞くとすっと起きることができるのです。そんな日が続くと嫁ぎ先の家の人たちも娘を見る目が違ってきたそうです。朝が苦手なはずなのに最近は一番最初に起きてきて働いている。たいしたものだ。娘はきっと仏さまがりんを鳴らしてくれているのだ、ありがたいと毎日嫁ぎ先の仏壇に手をあわせていました。
 そんな日々が数年続いたある冬の日、一人の旅人が長者の家に駆け込んできました。峠で人が倒れている。助けてやって欲しいとのことです。長者の家の若い衆はさっそっく峠に向かってかけだします。女たちは湯をわかし、寝床を用意します。娘も家で準備を手伝おうとしましたが、なぜか胸騒ぎがし、男たちといっしょに峠にむかって走って行きました。峠に着くと確かに人が倒れていました。どうやら年老いた女性のようです。娘はまさかと思い近づいてみるとそこには自分の母親が倒れていたのです。よく見ると手にはりんを持っていたのです。そして、娘は全てを知るのです。仏さまのおかげと思っていたが、年老いた母がしてくれていたのでした。雨の日も、嵐の日も、雪の日も、まだ陽も上がらぬころ、娘のために峠を越えて来てくれていたのです。そして、娘よ、起きる時間になったとりんを鳴らしてくれていたのです。娘は母の身体にすがりつき泣きくれました。
 さて、その後、母がいなくなった娘はどうなったのでしょう。不思議なことにいつの間にかりんが鳴らなくとも起きることができようなっていたのだそうです。そして、長者の家にはなくてはならない人として皆に慕われるようになったとのことです。
 娘のために毎日峠を越えて来てりんを鳴らす。他の人からすればとてもできそうもないことでも、子のことを想う親はしてくれるのです。他の人が見ればそんなことまでしなくてもと思うようなことも子のためならば我を忘れてしてしまいます。それが親なのです。
 以前、私の母親よりこのような話を聞かされました。同じ色、同じ大きさ、同じ味のお菓子があるとします。大勢の子どもたちに分けるときに、もし、我が子がその中にいるとするならば、同じお菓子と分かっていても、自分の子どもには少しでも大きくて、おいしそうなものを選んで与えたいと考える。それが母親なのだと。
 親は自分の子どものためならバカにでもなんでもなってしまう。それが子のためになるならば・・・。親たちの行動を見て、親ばかだと笑わうことが多々あるかもしれません。でも、忘れてはならないのは、そんな何代にもわたる親ばかの積み重ねにより今の「わたし」があることです。もうすぐ5月。第2日曜日は母の日です。ありがとうの気持ちをこめてお母様にプレゼントでもいかがでしょう。

(令和3年4月)
 

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