人の心をつなぐもの


 私達は言葉を通して、はじめてお互いの考え、心の内を知ることができます。人間社会が円滑に機能していくには、言葉は欠くことのできない大事なものといえるでしょう。しかし、言葉というのは結構やっかいなもので、使い方を誤ると、本来心と心をつなぐものであるはずの言葉が原因で、互いに不信感を抱くようになることも事実です。言葉は心と心をつなぐものであると同時に、心と心を離してしまうものでもあるのです。
 不況の影響を受け、旦那さんの給料が下がり、奥さんが家計のやり繰りに悩んでいるある家でのお話です。ある日、奥さんの発案で家族会議がもたれることになりました。もちろん、議題は無駄を省き、お金を節約することです。まず家族そろって日々の生活を振り返ってみました。すると、一晩中居間の電気がつけ放しなっていた。台所の水道の水がぽたぽたとしたたり落ちていた。先週家族で買い物に行ったが、必要でないものを結構購入していた。などなど、様々な無駄を見つけることができたのです。
 まだ他にないかと、奥さんがあたりを見渡すと、目の前にいる旦那さんの姿が目に入りました。旦那さんはたばこを吹かしつつ神妙に考え込んでいます。奥さんはその姿を見て、思わず「そうそう、お父さんのたばこ、私、これ無駄だと思うわ」といったのです。その言葉を聞いて旦那さんは、大いに焦りました。最近、給料も減ったし小遣いも減った。家に帰ればこんなことにつきあわされる。最後の楽しみがたばこを吸うことなのに、これを奪われては大変だ。何か言い返さなければと、奥さんの顔を見て思わず「そういうお前の顔の化粧、俺はこれが一番無駄だと思う」と言ってしまったのです。しまった、と思った時はすでに手遅れ。今まで優しかった奥さんの顔がみるみる般若のようになり、テーブルはひっくり返るは、湯飲みは飛び交うは、障子は破れるはと、大変な夫婦喧嘩がはじまったのです。
 このような言葉によるいさかいは、私達の暮らしの中でよくおこるものです。そして、後で落ち着いて考えてみると、大概その時の勢いで思わず言ってしまった、ということが多いのではないでしょうか。
 言葉によるもめ事を起こさぬようすするのにもっとも手っ取り早い方法は、言葉を使わないことでしょう。つまり、無言を保つならば災いは生じないのです。しかし、それでは人間社会は成り立たないし、言葉を使うよりも無言でいることの方が失うものははるかに多いことでしょう。そこで言葉を慎むということが大事になるのです。
 慎むとは、決して言葉を使うなとうことではありません。慎むとは立心偏に真と書くように、まことの心を持って、ということなのです。つまり、人間は日々の生活において言葉を使わざるを得ません。ならば、決して一時の感情にまかせて言葉を使うのではなく、相手の立場を推しはかり、真心をもって使うことが大事だということなのです。
 さて夫婦喧嘩がどうなったかというと、最初から一部始終を見ていた子供が、喧嘩の最中にぽつりと「僕は、夫婦喧嘩が一番無駄だと思う」と言ったのです。その子供の言葉で夫婦喧嘩がぴたりと収まりまったということです。まさに両親双方を思いやる、慎み深い子供の言葉により家庭に円満がもどったのでした。
(平成12年 妙音新聞寄稿文より一部加筆修正)
 

 
 

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